机と椅子と教科書と
放課後の教室は西日で赤い。
人気のない教室はいつもの騒がしさとかけ離れ、それだけでまるで違う場所のように感じる。
荷物をまとめる途中のカイルの耳にがらがらと教室の戸が開く音が聞こえた。カイルと同じ日直当番のセリオスが帰ってきたのだ。
「おかえりなさいセリオス。日誌を先生に渡してくれてありがとうございます。教室の点検は終わってますよ」
「あぁ」
最初は素っ気無く感じていた彼とのやり取りも、セリオスという人物がどういった人なのかわかると気にならなくなった。これが彼の普通なのだとカイルは知ったからだ。知ってしまえば、初対面のときに感じたとっつきにくさなど過去のことだ。
セリオスだけでない、サンダースもタイガもシャロンもマラリアも他のクラスメイト達も今はみなカイルにとっては愛すべき友人達である。
「?どうかしましたか」
てっきり自分の席に戻ると思っていたセリオスがカイルに近付き、何やら差し出した。
「職員室でマロン先生に貰ったものだ。他の生徒や先生には内緒だそうだ」
そう言うセリオスの手の中にはカラフルな包みにくるまれたお菓子があった。
「あ、これ知ってます。前にアロエさんに貰いました。おいしいんですよ」
そういってカイルはセリオスの手から菓子をひとつ取ると、それを夕陽にかざした。
本来なら女の子好みのパステルカラーである包みが夕日を受けて赤く染まる。
セリオスはカイルが目を細めて菓子を見つめるのをぼんやりと見ていた。普段は物静かで笑みを絶やさないカイルが時たま真顔で何処か遠い所を見るような表情をしていることがあるのをカイル本人は知っているのだろうか、と思ったが何も言わなかった。
カイルのそういうところを含めてセリオスはカイルと付き合うのが嫌ではなかったからだ。カイルの意識がこちらに戻るまでセリオスは自分から何も言うまいと思っていたが、目の前の相手はなかなかこちらに意識を戻さない。菓子を見つめたまま、ずっと自分の世界に入っている。
「なあ」
「・・・・・・はいっ?」
声を掛けるとカイルはワンテンポ遅れて、慌てた風にセリオスに顔を向けた。
別にセリオスはその態度に腹を立てたわけではない。
そのときのセリオスの思いは、そう、なんというか、いわゆる「まがさした」というものだった。
「お前は僕のことをどう思っている?」
「へ?えぇと、ちょっと自信過剰かな、とは思いますけど僕はあまり気になりませんね。あ、でもアロエさん以外の女の子にも、もうちょっと優しい物言いをしてもいいと思います・・・」
しどろもどろになりながらカイルが口を動かす間に、セリオスはゆっくりとカイルと自分との間合いを詰めていた。
椅子に腰を掛けているカイルに立ったままのセリオスが覆い被さるようになる。
カイルがあ、と思ったころには既に視界いっぱいにセリオスの顔があった。
廊下を歩くフランシスの肩にどんっという音とともに衝撃がきた。何かと思えば、今日の日直当番の一人であるセリオスだった。
ぶつかったことを早口に詫びた彼は、またすぐに走っていった。
普段セリオスのそんなところを見たことのなかったフランシスは廊下を走るなと注意することも忘れて彼の背中を見送ってしまった。
珍しいこともあるものだと思い、彼が出てきた教室に目をやるとそこにはまだ生徒が残っている。
「こら、もう下校時間はすぎているぞ。早く寮に帰りなさい。・・・と、カイル。君か」
教室に残っていたのは日直当番の片割れのカイルだった。しかし、いつもと様子が違う。
「おい、どうかしたのかい」
カイルは席に着いたまま呆然としていた。普段は細められている目が見開き、椅子の背もたれに体を預けているが、なぜか片手は口元を押さえている。
教室に刺し込む西日のせいで顔色はわからないが、ちょっと尋常でない。
「どこか体の具合でも悪いのか」
しかし尋ねてみてもぶんぶんと首を振るだけである。
「ななな、なんでもありません!失礼します!」
言うが早いかカイルは自分の鞄を掴み、彼もまた走って教室を後にした。よほど急いでいたのか、それとも混乱していたのか、カイルの鞄はきちんとフタがしていなかったらしく教科書やノートが床にこぼれてしまっていた。
「・・・なんだったんだ」
ひとり教室に取り残されたフランシスは頭に疑問符を浮かべるだけだった。
「・・・ん?」
カイルの机の周りに、彼が落として行った教科書類のほかに何か落ちている。
菓子の包みだ。学校内には原則として菓子類の持込は禁止である。真面目な彼がそれを破ったとは思えないし、この包みには見覚えがある。最近同僚の机の上に散らばっているものと同じ包みだ。
きっと職員室かどこかでマロンに渡されたのだろう。
フランシスは溜め息をつくと証拠として菓子を拾い、教室を後にした。
明日、生徒に注意するか、今すぐマロンに小言を言うか、それは職員室に戻ったら考えよう。
様子のおかしかった生徒二人のことも気になったが、あの年頃にはいろいろあるだろうと勝手に完結した。
ふと窓の外を見ると、夕日は既に沈みきっており世界は群青色だった。
セリカイ萌えるー。
2007 3 9